蔵王、ZAO、The王
スキーとエレキギターとホンダN360、これこそわれわれよりほんの少し早く生まれたいわゆる団塊の世代の青春のシンボルそのものであった。
(いやエヌサンではなくサニークーペだ、ベレットGTだという異論は却下します)
エレキギター(+アンプ)に手の出ないわたしは、ジャンボというブランドのフォークギターを買った。
軽自動車免許が廃止されたあとに16歳になったわたしは、原付免許で父親のスーパーカブを駆ることに甘んじた。
スキーは、希望者を募った高校のスキー教室に勇躍応募参加した。
だがわたしを待っていたのは、トニー・ライザーや加山雄三のような爽快な滑走ではなく、プルークボーゲンをも拒むへなへなの革製ブーツと、わずかなショックですぐに外れるばね式ビンディングであった。
2泊3日の教室でついに右ターンをマスターできないまま菅平スキー場をあとにしたわたしに、スキーはその後長くトラウマとなった。
だが月日は流れた。
家庭を持ち、長男が小学生になった冬、わたしの脳裏に「スキーをせよ」ということばが響いた。
もしそういうものがあるとしたら、あれこそ神の啓示というものに違いない(おいおい)。
奥日光湯元スキー場でわたしは悟った。スキーに必要なのは運動神経ではなく、滑りやすい道具なのだと(それもどうかなぁ)。
というわけで、今回の蔵王スキー行。
蔵王。
およそスキーをする人間でこのことばにこころ震えぬものがいるであろうか?
そう、聖地である。
キリスト教、イスラム教のエルサレム、真言宗の高野山、オタクの秋葉原。
日曜大工パパのジョイフル本田、お年寄りの巣鴨地蔵。それらと同じように蔵王はスキーヤーにとって聖地なのである。
思えば長い道のりであった。
電蓄で聴いた高石友也「思い出の赤いヤッケ」の歌詞のように、いまのゲレンデは思い出だけ、青春そのものははるか彼方に過ぎ去ってしまったが、いまこうしてあの蔵王にスキーに来ている。
本当は、高石友也は「(恋人が去ってしまった)いまのゲレンデは思い出だけ」と唄ったのだが・・。
しかし・・、こんなに前振り長くしといて、本題はどうするつもりなんだろうか?
いまどき1泊2日で蔵王にスキーに行くことに、だれが興味を示すというのか?
昔だったら、そう山形自動車道の開通前だったら、いや東北自動車道開通前だったら、さらにいえば山形新幹線も東北新幹線も開通前だったら、さらにさらにスキーをやるなんて関東の農村地帯では町に10人いたかどうかという時代だったら、蔵王へのスキー行は乗った電車(汽車か?)の発車時刻はおろか、ひとによってはキハなんとかという型番までも微に入り細に入り聞かれたことであろう。
そしてわたしは話したに違いない。
退屈で疲れるだけだった道中、ただ寒いだけのスキー場、うまく滑れず用具を恨んだゲレンデ、それらろくでもないことどもを、ひともうらやむ光り輝く体験談に脚色して。
樹氷というものの珍しさ素晴らしさ、その生い立ちまでも自分の手柄のように。
だが時代は変わってしまった。
われわれは高速道をかっとばし4時間強でスキー場に着いてしまった。
行こうと思えばだれでも行けるところの話をだれが目を輝かせ聞こうとするだろうか?
おざなりな土産話の時代。
レジャー大衆化の時代をわたしはそう名付けようと思う。
(ってこれが結論かよ、おい!)

(実はこれからが本題)
さて、今回は家族スキーではなく古い友人と行くことになった。
友人もわたしと同じように家族スキーでゲレンデデビューしながら、子どもたちに遊んでもらえなくなった口である。
ところが友人は間際になって妙齢の娘さんとその友だちも連れて行きたいと連絡してきて、急遽おやじふたりとおねーちゃんふたりという見ようによってはあやしいパーティーになってしまった(そんなふうに見るのはおまえだけだって)。
朝5時にわが家に集合して、わたしのクルマで一路蔵王へ。途中吹雪にあいながらもさしたる渋滞もなく9時過ぎには紀州鉄道ホテル蔵王着。
ホテルではすぐにチェックインでき(規約では15時から)部屋で着替えて、ゲレンデまでバスで送ってくれるという。
蔵王というのはゲレンデがたくさんあって、その基地になるところも離れている。どこのゲレンデにしますかと聞かれたので、とりあえず樹氷をみようということで横倉ゲレンデに送ってもらった。
おねーちゃんたちはレンタルでボードを借りて、下で滑るという。なにしろボード歴1回と0回のふたりだ。上に連れてってもしようがないのでおやじふたりでロープウェイに乗った。
ロープウェイ山麓線は立ち席で、ラッシュアワーさながらの詰め込みよう。でも、テープ音声でゲレンデやみどころ、樹氷の成り立ちなんかを案内してくれるので、観光気分が盛り上がる。
樹氷高原駅で山頂線に乗り換える。すでにこの地点で風雪は結構あり、上に向かう客は少ない。
明日になって天候がよくなる保証もないし、行くだけいってみよう、滑れなければまたロープウェイで帰ってくればいいのだから、と18人定員のゴンドラにわれわれ二人だけで乗り込んだ。
山頂は予想どおりの吹雪。視界は10mほど、樹氷もわずかに霞んでみえるほどだ。
立っているだけで肌をむきだしているわずかな顔の部分が痛い。この風雪に向かって滑り降りる勇気はない。
冬型の気象下では晴れるほうが珍しい地だ。あきらめも早い。お地蔵様で記念撮影して樹氷高原駅まで再びロープウェイに揺られた。

その後、樹氷高原駅からユートピア、百万人、大森、横倉などの各ゲレンデを滑りまわった。
視界はきかないが、斜面は適度でしかも適度に長い(険しいところには行かない)、雪質は絶好、ああこれが蔵王なのね。
(2日目)
この時期に蔵王が晴れるなんて!!
よほどわたしには人徳が備わっているに違いない!
みよ!この青空、白銀の山々。
さあ、早く樹氷を見に行かなければ。
しかしこの僥倖がよくわかってないやつがいる。
昨夜は、ゆっくり酒を酌み交わしながら旧い話でもと思っていたのに、8時には酔いつぶれて寝てしまうし、今朝もホテルに自分のスキー板を忘れてくるという失態。
かくいうわたしも、ゲレンデに来て突如腹を下しトイレに駆け込んだり、クルマにカメラを取りに戻ったりとあたふたし、そのうえ好天の日曜日とあってロープウェイは整理券配車になった。
山麓線に乗り込むのに30分待ち、山頂線は整理券なしが幸か不幸か40分近く並び、山頂駅に着いたときはすでに11時。天候も早や崩れ始めようとしていた。

楽しみにしていた写真撮影は満足いく出来映えではなかったが、かの有名な樹氷原を滑り降りることはできる。
と、ここで問題が!
というほどでもないが、実は今回わたしはスキー板を普通の長いのとファンスキーという短いのと2セット持ってきていた。
もともとスキーがうまいわけじゃなく、ファンスキーの方が簡単に滑れるということもあって長スキーはここ数年ほとんど滑ったことがなかった。
きのうもファンスキーで一日滑り、まあまあ快適に滑れたのできょうは長スキーで滑ってみようと長スキーを担いで山頂へ登ってきたのだ。
ところが、数年ぶりに履いた長スキーの感覚が掴めない。
おそらくきょうの蔵王で一番の人出と思われる衆人のなか、いきなり転倒してしまった。
これは慣れるまで初心に帰ってボーゲンで滑ろうと思ってもそのボーゲンができない。

結局ファンスキーの滑り方をもっと強引におおげさにやればうまくターンできるとわかったが、長スキーになじむには時間が足りなかった。
帰り間際には疲れが出たせいもあったのか、なんでもない斜面でたびたび転び、いまいち悔いの残る帰路になってしまった。
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