こんな看板をみつけました。
ブリヂストンやナショナル、セキネ、ミヤタ、ツノダ、丸石、山口ベニーあたりはわりとポピュラーだったのでよく見かけましたが、片倉シルクの看板は記憶にありません。
マスプロメーカーでありながら、どちらかといえばマニア向けのラインアップが売りの自転車メーカーでした。
その片倉シルク号は実は今でもわたしの愛用車なのです。
1977年にフレーム買いし、好みのパーツをショップでアッセンブルしてもらいました。
シルクを選んだ理由はただひとつ、既製品で490mm(C-C)という小さいロードのフレームは他社にはなかったからです orz。
R2という完成車もありましたが、フレームで買ったのは、ひとえに見栄を張りたかったからに違いありません。
まだ今ほどはシマノの寡占化は現れておらず(トップメーカーには違いありませんでしたが)国産パーツもいろいろ選び、組み合わせる楽しさがあった時代でした。
駆動系はハブが三信プロエイム、BB、ボスフリー(14-21T)、チェーンホイール(50-39)がシマノ・デュラエースでした。
リムはマビック製のチューブラー(型番不明)。
タイヤは主にウォルバーなんて履いていたような記憶があります。
変速機はフロントがデュラエース、リアはクレーンです。
当時はまだリアのデュラエースは現れてなかったのです。
ブレーキはキャリパー、レバーともグランコンペを選びました。
デュラエースはなぜかブレーキはキャリパーもレバーもものすごくかっこ悪かったのです。
サドルにはイタリアのユニカとかいったロールス革製。
ハンドルはなで肩がセクシーなチネリ・クリテリウム。
ペダルは三ヶ島ユニークロード。もちろん軽合金製トークリップに革製ストラップを付けました。
フレームの塗色は濃紺にシートチューブに白色の胴抜きがありました。
あれから28年乗り続けたのかというと、さにあらず、実は大半の期間は埃を被っていたのでした。
易熱易冷、熱し易く冷めやすいライフスタイルの面目躍如ですね。
復活のときは昨年、アテネオリンピックの年です。
オリンピックとなにか関係があるのかって?なにもありませんけどね。
これは昨年8月のシルク号です。
すでにあちこち手を加えてあります。
塗装はホームセンターで売っているカー用品のスプレー缶で塗りなおしてあります。
小さな写真では一見きれいに見えますが、近づいてみれば元々の塗装のはがれたまま塗り重ねたものだから、いたるところに凹凸がありました。
チェーンホイールはすでにコンパクトドライブ、スギノXDに換装してありますね。
ボスフリーが5速でロー21Tでしたから、フロント50-39ではとても恐ろしくて峠など向かえませんでした。
ブルホーンバーは実はドロップハンドルの下部をカットして上下入れ替えて装着した”なんちゃってブルホーン”です。
トップチューブのアウター止め、Wレバーもバンド止めです。

ひところ犬小屋に押し込められていた時期もありましたから、ごらんのようにヘッドパーツは錆び錆び状態です。
デュラエースのFDの錆びも落としきれませんでした。
そのうえこのFD、コンパクトドライブとの相性が悪いのか、変速性能が極めて悪くなってしまいました。
上り坂に差し掛かり、インナーに落とそうとしても落ちず足をペダルから外して踵でちょんと押してやらなければならなかったり、そうかと思うとインナーを飛び越してしまったりと、幾度調整してもいうことを聞いてくれませんでした。
シルク再生の最大の難関はステムの交換でした。
ヘッドチューブとステムが固着してしまい、なんとしてもステムが引き抜けなくなってしまったのです。
CRC流し込んだくらいではお話になりません。
このような古い自転車をレストアしようと思っている方、いたらここは重要なポイントですよ。
古いステムは諦めなければなりません。
ステムの上部を鉄のこで切り落とし、フォークをヘッドチューブから抜き取ります。
次に抜き取ったフォークのステム部分ををガスバーナーで熱します(わたしは台所のガスこんろでしたが)。
滲みこんだ汗の塩分が固着しているので、熱で溶かそうというのです。
十分焼けたところにさらにCRCを注ぎ込みを大きなプライヤーでステムを挟みぐりぐり回します。
これは実は、さる自転車ショップの教えによるものですが、みごと成功しほんと助かりました。
しかしフリー14-21Tというのはどうにも禁欲的過ぎますし、やはり塗装の貧弱さも隠しおおせない。
ヘッドパーツの錆びもなんとかしたい、と思うようになってきました。
そこで思い切ってフレームの改造と剥離再塗装をピエにお願いすることにしたのです。
フレーム改造点は、1.エンド幅を120mmから130mmに、2.アウター受けとWレバー台座を直付けに、3.ブレーキボルト穴を沈頭式に、4.シートチューブにボトルケージ台座を追加の4点でした。
さらにヘッドパーツを別のものと交換してもらいました。
その間、ホイールのハブ交換は自分でやってみました。
スポークも新調しました。
こうして生まれ変わったのが右の写真です。
塗色は昭和40年代のマツダ製トラックをイメージしました(嘘です)。
正直出来上がり当初はうーん、とひとしきり唸ってしまいましたが、慣れれば愛着が湧いてくるものです。



FDもサンツアーのスプリントに換装しました。ヤフ○クでリアとセットで落札したものです。
RDはPIE号に付いてます。
今28年前そのまま使っているのはリアディレーラーのクレーン。
コンパクトなのに28Tまで使えます。
それと左右のバンドが往時を偲ばせるシートピラー(栄製)。
これには本革製のサドルが似合いそうですが、馴染ませるのに時間がかかるので、最近のものを付けています。
サドルレールをピラーのやぐらに押し込むのにプラスチックハンマーでがんがん叩いたので、サドルが時々ぴきぴき鳴るのが愛嬌です(愛嬌か、それが)。
この自転車には実は由緒の優れぬパーツが紛れ込んでいるのです。頼朝が嫡流なら義経は庶子(なんのこっちゃ)。
知人から譲り受けた1990年ごろのものと思しき台湾製ロードレーサーから外したパーツをそれとなく使っているのです。
右の写真はそのウォルバー製リムとサンツアー・エッジのハブのWOホイールを履いています。
エンド幅は126mmですから、クイックにワッシャーをかませて使います。
これはチューブラータイヤがパンクなどで間に合わないときのスペアホイールとして使っています。
ヘッドパーツとブレーキキャリパーも同じものから流用したものです。
ダイヤコンペ・エッジのブレーキはレリーズレバーが樹脂製だったりで激しく安っぽいのですが、現行のショートアーチキャリパーでは使えないのでヤフ○クで出物をゲトするまでしばらくはこのまま使おうと思っています。
性能はよいとも思えませんが、下り坂でも50km/h以上はめったに出せないへたれには必要十分だと思ってます。
片倉工業は元来が繊維メーカーでシルクの商品名もそれを由来としています。
いまはかつて自転車を製造していた名残りなど、このHPからはまったく窺い知ることはできません。
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